人の目が気になって、できるだけ無難に目立たないように。
それでもうまく立ち回れない自分にウンザリ。
もう誰ともかかわりたくない。リセットしてしまいたい。めんどうだ。
そんな風に感じてしまっているあなたに手に取ってほしい本。
それが、直木賞作家・角田光代さんの「対岸の彼女」です。

目次
「対岸の彼女」ってどんな本?
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登場人物
- 田村 小夜子(タムラ サヨコ)3歳の娘を持つ専業主婦。後に「プラチナプラネット」にて働き始める。
- 楢橋 葵(ナラハシ アオイ)小夜子が勤めることになる「プラチナプラネット」の女社長
- 野口 魚子(ノグチ ナナコ)葵の高校時代の友人
あらすじ
専業主婦の小夜子は、人付き合いが苦手で、ついつい人の顔色を窺ってしまいます。 3歳になる娘のお友達作りも難航し、公園ジプシーの日々。 そんな毎日を変えようと、小夜子は外に出て働くことに決めますが、なかなか採用になりません。 そんな中、出会った面接先の女社長、葵。 小夜子とは性格も立場もまるで違いますが、同じ大学を出たという共通点から、二人は意気投合。 葵の会社で採用が決まり、小夜子は葵の元で働くことになります。 明るくさっぱりとした葵、しかし、彼女にはある過去があって‥‥‥。
スクールカースト、いじめ、無視、進路を違えた友人たちとの軋轢、同じ種類で群れたがる大人達。 お互い悪気があるわけではないのに、立場の違いから理解しあえず、関係が破綻してしまう。 「あーあるある」と思わずつぶやいてしまうような出来事。 この物語には、誰もが一度は、人と出会う中で経験したことのある「痛み」や「傷」が描かれています。
どんな人にオススメ?
人間関係に悩みを抱えている人、特に人の顔色をついつい窺ってしまう人に是非手に取ってほしい1冊。 小夜子も葵もそれぞれ人間関係で傷を抱え、臆病になっています。 物語の進行の中で、その傷が癒され、繋がっていくラストは読み手にほのかな希望を与えます。
だれもが経験したことのある痛み。に共感が過ぎる。
日常を変えようと働きだした小夜子でしたが、仕事は順風満帆とは行きません。 始動したばかりの掃除事業は、もちろんお客さんもゼロ。 そのうえ、一生懸命になっている仕事も、夫には「サークル活動」「お掃除おばさん」などと揶揄され理解されません。 また、専業主婦の義母からは、「子供にさみしい思いをさせてまで働くなんて」と嫌味を言われるばかりです。 本当にこれは正しい選択なのだろうか?迷い悩みながらも、外で働くことで少しずつ小夜子は変わっていきます。 それは、少なからず出会った葵の影響でした。 「ばーちゃんに負けんなよ!」なんて、小夜子を励ましてくれる葵ですが、実は、暗い過去があったのです。 それは、葵の高校時代の話に遡ります。
あのね、自分がどっか可笑しいのはわかんの、わかるけど、でもだれもしゃべってくれないから、どこをどうすれば普通にできるのかわかんないの
「対岸の彼女」P77葵のセリフより引用
上のセリフは、葵が中学の時にいじめにあった過去を、友人のナナコに打ち明ける会話の中で出てくるもの。
大人になった葵は明るくさばさばとした性格ですが、そんなことを口にする葵は現在とはまるで別人のようです。
子供の頃の人間関係って、とても未熟で残酷です。
違いを敵と反応して、ある時は知らずに、あるときは故意に、お互いを傷つけあいます。
それはちょっとしたかすり傷もあれば、結構な重症、さらに言えば後遺症もあります。
できれば、ケガせずに生きていきたい。
誰しもそう思うから、自分の本音を押し込めて人の顔色をついつい窺ってしまう。
過去の葵も、いじめの経験から次は怪我しないように、次は傷つかないですむように、慎重に周りの人間を観察し、自分を殺して生きていました。
「どこをどうなったらこんな風になれるの?」と、そのキッカケが気になってしまいますね。

人付き合いの正解とは?ラストにじんわりと染みる答え。
この物語には、葵と小夜子のほかにもう一人、重要な人物が出てきます。 葵が高校時代に出会った「ナナコ」です。
だいたいナナコは何のことも悪くいったりしないのだ。(中略)嫌いだという表現より好きだという言葉を使う、できないという表現をせずにしたいのだと言う、むかつくという時には必ず相手を笑わせる、そういう全部が、しかしいいこちゃんぶっているようには感じられない。
対岸の彼女 P63より引用
「きれいなものばかり見てきた子」葵からはナナコはそう見えています。 実はナナコも様々な事情を抱えていることが後にわかるのですが‥‥‥。
だってあたしさ、ぜんぜんこわくないんだ、そんなの。無視もスカート切りも、悪口も上履き隠しも、ほんと、ぜーんぜん恐くないの。そんなとこにアタシの大切なものはないし。
「対岸の彼女」P79ナナコのセリフより引用
これは、葵が中学の頃に遭ったいじめについて打ち明けた際にナナコが口にするセリフです。 葵はそれを「強がり」なのだと受け取ります。 この時出てきた、「大切なもの」 このセリフは形を変えて度々登場します。 このセリフの中で語られる「大切なもの」について、葵が理解するのは、ナナコが葵の元から姿を消した後です。 「ある事件」によって、葵は学校で孤立してしまいます。 あんなにも恐れていた孤立。 しかし、その時の葵はこんな風に語るのです。
何もこわくなんかない。こんなところにあたしの大事なものはない。いやなら関わらなければいい。とても簡単なことなんだ。
それは強がりでも空元気でもなく、シンプルな事実だった。
「対岸の彼女」 P247高校生の葵の心情
その後、一度だけ、葵はナナコと会って話をします。 しかし、それ以降、ナナコとは会うことはできませんでした。 東京の大学に進学し、海外を旅する葵。 ナナコの面影を追って、葵は強盗に遭ってしまいます。 それによって、葵は「あること」に気づくのです。 このシーン、詳細は書きませんが、必見です。 また、現代の葵と小夜子にも、亀裂が生じます。 幼稚園情報を得るために惰性の関係に身を寄せますが、暇さえあれば悪口に興じる人たちになんだかウンザリしてしまいます。 なぜ人は年を重ねるのか、そう問いかける小夜子。 あるキッカケで、その答えを見つけるのです。
それぞれキャラクターの違う、小夜子、葵。 抱えていた悩みに一つの答えを得て、一歩踏み出していく。 小夜子、葵、そして、ナナコ。 その3人が繋がるラストは‥‥‥。
「対岸の彼女」のこぼれ話
筆者はどんな人?
作者の角田光代さんは、この「対岸の彼女」で第132回直木賞を受賞しています。 また代表作には「八日目の蝉」「空中庭園」などがあります。
メディア化はされているか?
「対岸の彼女」は、2006年11月にWOWOWにてテレビドラマ化されています。 主人公の小夜子を夏川結衣さん。葵役を財前直見さん、高校時代の魚子を多部未華子さんが演じています。 個人的にはこの多部未華子さんの魚子がかなりはまり役だなと思っています。
実はスピンオフがある!
実はこの小説には、幻ともいえる「続編」があるのです。 「ナナコ」のその後を描いた「私の灯台」という作品。 なんと、主人公は小夜子の娘「あかり」が「ナナさん」とよばれる成長したナナコと出会う話になっています。 ダ・ヴィンチWEBにて一話冒頭のみ公開されています。 https://ddnavi.com/news/349322/a/
その続きについては、JT「ちょっといっぷく広場」にて、全5話で公開されていたようですが、残念ながら現在は続きにアクセスすることができません。 大好きな作品であるのに、私としたことが見逃してしまいました。 「対岸の彼女」ファンとしては、是非読みたいお話ですよね。 いつか出版されることを強く願っています。
まとめ
ひとりでいるのがこわくなるようなたくさんの友達よりもひとりでいてもこわくないと思わせてくれるなにかと出会うことのほうが、うんと大事な気がするんだよね。
「対岸の彼女」 p97葵のセリフより引用
人間関係に右往左往する時、人は「大切なもの」「大事なもの」を見失っています。 この本は、自分にとっての「大事なもの」を振り返り、新たな出会いにほのかに希望を抱きたくなるそんな1冊です。 読後には、ほんの少しだけ強くなった自分にも出会えますよ。 角田光代さんの「対岸の彼女」、是非ご一読あれ。

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