「ホタルもさくらと一緒でね、下流から山に上がってくるのよ」
サイト代の集金にきたご婦人がそう話すと、ムスメは目を輝かせた。

ここは、佐賀県三瀬村にある吉野山キャンプ場。
山と田園に囲まれたとても雰囲気のいいキャンプ場だ。
すぐ横を小川が流れており、川沿いにもいくつかサイトがある。

梅雨のキャンプは・・・・・・。
6月。梅雨真っ盛り。
本来ならばキャンプは避けたい時期だけれど、普段土日に休めない夫がたまたま休むことができた。
娘が小学校に上がって、キャンプに行く機会がなかなか取れずにいたから、なんとしても行きたかった。
天気予報と睨めっこして、降るなよ!と空に念を送った。
そして、キャンプ当日。
雨予報だったけれど、なんとか持ちこたえている。
少し湿気はあったが、空が曇っていたのもあり、暑さはさほど感じない。
道中は、紫陽花がこれでもかとばかりに満開だった。
キャンプ場のあちこちにも咲いており、スノーピークのリビングシェルからも、サイトのアジサイを楽しむことができた。

「ホタル?ホタル見に行こ!」
キャンプでは、夕食は16時位から準備をはじめる。
キャンプの夜ご飯は、夜とは思えない時間帯から準備するのでちょうどいい。
日が暮れてしまうと、野菜を切るのでさえ、不便になってしまう。
とはいえ、夏至前とあり、まだ日が明るい。
この調子だと19時半過ぎでないとまだホタルも出てこないだろう。
ムスメはそんな事お構いなしで、「ホタル見に行こ!」と10分に一回は誘ってくる。
そんなムスメと、キャンプ場周辺を散策して回った。

吉野山キャンプ場のある三瀬村というところは、穏やかさに満ちている。
山や田畑の風景もそうだし、そこに暮らす人も、建物も。
キャンプサイトから見える山の景色を眺めていると、胸の奥がじんわりと静かに温かくなっていく。

ふれあい広場にあるサイトはきれいに埋まっていた。
ファミリーの利用が圧倒的に多い。
広場の真ん中で、夕食を終えた子供たちが走り回っている。
楽しそうなのはいいのだけれど、時に人様のサイトにまで入ったりして、ちょっと危なっかしい。
ムスメは少しそれを羨ましそうに眺めながら、「走ったら危ないよ」なんて独り言ちてる。
年のころは同じくらいなのだけど、できてしまったグループに入るのは子供と言えど難しい。

日が沈んで、空の青が闇に近づく。
19時半になっていたがまだ、明るさはある。
「ホタル、まだ?」
待ちきれないムスメにとうとう折れて、小川の方へ足を運んだ。

川沿いの道を歩く。
まだまだホタルの姿は見当たらない。
道をずっと下っていくが、やはり、ホタルを見つけることはできない。
「いったんサイトにもどろうか?」
そう声をかけるが、ムスメはなかなかあきらめようとしない。
「あっちに行ってみよ」
もと来た道を戻っていく。
道は暗く、川に落ちるのではないか。と、心配になってムスメの隣に走り手を取る。
「暗くて危ないからね、手をつないでいて」
しばらく手をつないでいても、またパッと行ってしまう。
昔は、手をつないだら離れなかったのにな。そんなことを思う。
「いないねえ。少し時間をおいてこようか?」
私がそう言っても、ムスメは頑なに動こうとしない。
背中が「ホタル、みたい」と語っている。
何度目かの往復のあと、白いものが視界の端に映った気がした。

「さっきいたような」
「ホント?」
「え―気のせいじゃない?」
ムスメは期待して、夫は疑う。
自分でも気のせいかも、なんて思った次の瞬間。
暗い川底の方で、ふわり、ふわりと小さな光が浮かんだ。
「いた!」
声が思わず大きくなる。
私、ムスメ、夫、しばらく声を失って、闇をじっと見つめた。
ふわり、ふわりとホタルが光る。
ああ、やっぱりいた。
暗闇に目を凝らす。
あちこちで光がうまれる。
数はそう多くないけれど、心が震える。
ムスメに目をやるが、暗闇で表情が見えない。
どんな顔をしているのだろう?
ふわり、と夫の方へホタルが近づいてきた。
夫がホタルの方に手をのばすと、ゆっくりと止まった。
「わ!」
夫も止まるとは思ってなかったらしい。
結構長いこと止まっていたのに。写真にとろうと、もたもたとカメラを構えた途端に、飛んで行ってしまった。
「すごい、手に止まるとは思わなかった」
得意そうに言う夫に、ジェラシーを感じたらしいムスメが「私も!」と同じように手を差し出すが、もちろん止まらない。
そうこうするうちに、人が増えてきた。
先程は引っ込み思案だったムスメ、自分もホタルが触りたいと、周辺にいる虫取り網を持った子供に次々に声をかける。
「私にも見せて!」その後ろでムスメの我が道を行く行動を詫びて回る。
そのうちの一人の子が、「いいよ!」とムスメにホタルを見せてくれた。
「触ってみたい?」
そのこの言葉に、ムスメは手を差し出す。
女の子が指でつかんで、手に乗せてくれた。
ムスメは終始無言。
ありがとうでしょ?ありがとうは?なんて、心で叫びつつ、ムスメをつつくが反応なし。
「すみません、ありがとうございます」
暗闇の中、ペコペコと頭を下げる夫と私、触らせてくれた子のお母さんが、「いえいえ」と快く応じてくれる。
こういう時の親としての対応って、何が正しいのだろう。いつもわからない。
ムスメの手にいたホタルが、飛び立っていく。
ホタルと親子が去ってもムスメは固まったまま動かない。
「ほら、行こうか」
ムスメの背中をそっと押すと、ようやく歩き始めた。
ムスメの掌がほんの少し明るく光る。
「あ」
娘は手をそっと開いた。
その手の中に。
どうやら2匹いたらしいホタルの1匹が、まだムスメの手の中にいたようだ。
ゆっくりと光が闇の中へ飛び立っていく。
「まだ、手の中にいたんだね」
ムスメはうつむいたまま動かない。
飛んで行ったことにショックを受けているのだろうか。
「どうしたの?」
顔をのぞきこもうとした瞬間。
「う、わあああん」
泣いた。
娘が泣いたのだ。
う、わあああんって。ちょっと芝居がかって。
「え?え?どうした?」
意図しなかったムスメの反応に夫と二人、大慌て。
「さわ、r、た」
「ん?」
「初めて虫が触れた―!!」
「カブトムシも触れなかったのに、やっと虫が触れたー!わーん」
娘の目からは大粒の涙がボロボロ。
ウソ泣きではなく、わーん。ってなく子供を初めてみた。
「もしかして、感動して泣いてる?」
「わーん、わーん」
「え?子供って感動で泣くの?」
夫はいぶかし気に私に尋ねる。
確かに、娘はよく泣く子なのだ。
クレヨンしんちゃんの映画でも泣くし、タンポポが枯れたと言っては泣く。
でも‥‥‥。
感動して泣くのは、初めてだ。
娘の背中をさすりながら、母である私もウルっとする。
よかったね。よかったね。
言いながら、ムスメの感受性の強さがやや心配になりつつも、人が感動して泣く姿を目の当たりにして感動している。
子育てって、すごい。
人一人が成長する過程とは、こんなにも衝撃を与えるのか。
思い出と共に残るもの
サイトに戻ると、どうやらブヨに刺されたらしい夫が痒い痒いと嘆いていた。
ホタルに好かれた夫は、どうやら虫全般に愛されているらしい。
そういえば、夫の隣にいると、ムスメも私も蚊に刺されにくい。
キャンプが終わって、夫腕にある虫刺され痕は1ヶ月近く引かなかった。
夫が痒い痒いと嘆くたびに、娘の泣き顔を思い出しては笑った。
またここに来よう。来年も再来年も。
そして、今よりうんと大きくなった娘にも、この話を何度も、何度も聞かせるのだ。

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訪れたキャンプ場は、こちら。
吉野山キャンプ場
佐賀市三瀬村藤原186-10
https://www.yoshinoyamacamp.com
吉野山キャンプ場のある三瀬高原は、穏やかで美しい風景の残る場所です。ドライブコースとしても人気で、美味しいホットドックなどグルメスポットも多数。何度訪れても発見のある素敵な場所です。
福岡佐賀からも1時間弱で行けるため交通アクセスも良好。何かと南や東にいきがちな福岡キャンパーさん(我が家w)におすすめのキャンプスポットです。
ぜひ訪れてみてくださいね。