毎日をゴキゲンに。

Killing Me Softly With…

私はコーヒーが好きだ。

毎日飲まないとどうも調子が出ない。
一日くらい飲まずにいようと頑張っても、午後くらいにスイーツが食べたくなり、食べるのならコーヒーがなければ、とイソイソと準備を始める。

私がコーヒーを好きになったのは、まだその味もわからない幼き頃だ。
味よりも、その香りに魅了された。
母に連れられて行った喫茶店。


足を踏み入れた瞬間にコーヒー豆の甘く香ばしい香りと
それに少し混じったタバコの香り。
薄暗い店内、集う大人たち。
または、一人、窓際の席で過ごす男性。

そんな場所で、カウンター前にある背の高い椅子。母と私で横並びに腰掛ける。

いつもそこで、足をぶらぶらさせながら、メロンソーダとサンドイッチを食べ、
母と女店主が、おしゃべりするのを聞いていた。

普段はわがまま放題の私も、このお店ではなぜかワガママが言えなかった。
子どもながらに、大人の空間を楽しんでいたのかもしれないし
まあ単に、卵サンドが美味しかったという理由なのかもしれない。

あの頃、大人になったら私はこのお店でコーヒーを飲むのだ。
子供ながらに誓ったのを覚えている。

残念ながら、私が高校生に上がる前に、そのお店は閉店してしまったけれど
コーヒーを飲む、それはいつしか私にとっての大人の象徴となった。

月日がたって、そのままのコーヒーの味を好むようになったのは、ある喫茶コーナーのトーストセットがきっかけだった。

コーヒーに憧れがあるものの、私は家で飲むインスタントコーヒーを美味しいと思えずに、砂糖やミルクを入れて流し込んでいた。これが美味しいと思える日が来るのだろうか。

来た。

よく行くパン工場の隣に販売店があり、一角に喫茶コーナーがあった。
出来立てのトーストをカリカリに焼いて出してくれ、小さなサラダもついて確か400円もしなかった。それにコーヒーもついていたのだ。

店の造りはちゃちいのだが、豆をその場で挽いて、コーヒーを淹れてくれるので香りが高く、全て込々で400円ということを忘れそうなほどに美味しい。

生まれて初めて、砂糖もミルクも入れずにコーヒーを飲んだのもこの店だ。
苦いけれど、そこに美味しいを見つけた。
しかしながら、その店も閉じてしまった。

コーヒーの味を知って以来、困ったことにインスタントコーヒーがどうにもこうにも飲めなくなった。
缶コーヒーも然りだ。苦い、まずい。
しかしながらその頃、田舎町ではハンドドリップやコーヒーメーカー―は主流でもなく、
食事に行った後に出される、お店のコーヒーの味を一喜一憂しながら楽しんでいた。

田んぼの土と言うのは、毎年稲が植えられるたびに価値を増していく、と聞いたことがある。
その土、と言うのは財産だと。

私は、喫茶店についても思う。

あの足を踏み入れた瞬間のコーヒーとタバコの香り。
子供用のいすなど存在しない、大人のためだけの空間。
あの場所で、一杯コーヒーを淹れるたび、そして、誰かがそれを口にするたび、
あの空気感は作られていくのだ。

今、残念ながら田舎町にはそういう店が日々消えていく。

全てが全て、家族の場所じゃなくてもいい。
子供にやさしくなくてもいい、そう思うのだけれど。
閉じる店を目にするたびに、時代は、優しさに殺されていくようだ。
と感じる。

今の子供たちが、大人になった、とカッコつけられる場所ってどれくらいあるだろう。

そんな場所を、楽しみながら受け継いでいきたいと思うのだ。

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