F1と子育てとお母さん

本日は、ちょっとつぶやきみたいな話を。

soraです。

最近、子供が寝た後に夫とF1観ている。

F1、ご存知フォーミュラ1の略称でモータースポーツのカテゴリの一つ。

今までは全く興味がなかった。

何が楽しいのか分からない。

早い車作って乗ってウェーイ!ってやってる。位に思っていた。

(ひどい認識)

これは宇宙飛行士

そんな程度の認識だったくせに、ある夜、暇だったので夫に付き合って観てみると、無茶苦茶面白くてハマってしまった。

正直、ルールなど細かい部分はよくわからない。

でも、そんななかでも一番面白いと感じたのは人間模様。

特に

クラッシュ直後に、

レーサーが暴言を吐く姿に、ときめく(笑)

生と死と勝負のはざまにめくれる人間性にホッとするというか。

(どんだけ性格悪いんだ)

真剣だからこそ、よっちゃんモードになる瞬間(クソがッ!ってやつね)

あそこにゾクゾクする。(変態か)

冷静に紳士淑女の顔をして、心の中に煮えたぎった情熱を抱えている。

そのマグマが垣間見える瞬間が、F1にはある。

くーっ。カッコイイ!となる。

クラッシュ後にクヨクヨするレーサーもいて

レースそのものよりも、そこで繰り広げられる人間模様も楽しい。

睡魔と戦いながら、時に負けながらDAZNで見てる。そして、時折睡魔に負けて寝ている(笑)

HONDAが今年で撤退との事で悔やまれるけれど、日本人レーサーの角田裕毅の今後についても楽しみだ。

F1と子育てとお母さん

そんなF1をみながら、子育てみたいだ。と思った。

駄々っ子。一般的には良くない状態と言われるし、

当事者の母としてはめんどくさい極まりないものだけれど

子供が何かを我慢することなく、

全身で親に訴えられる状態って

勝手な持論なんだけど、実はすごく子供にとってはいい発散かもしれないと考えている。

私自身は、母に駄々をこねることができなかった。

そんな事をすれば、恐ろしいことが起こる。と思っていたから(笑)

だからいつも、駄々っ子を見つけるたびに、ちょっとほっとする。

何かを我慢していた子供時代を重ねるから。

そして、ムスメが駄々をこねる時、めんどくさいと感じながら、ちょっとほっとする。

こうしたい!ああしたい!を伝えてくれている。私といても、我慢しないでいられるんだ。

そう思うと、良かったとさえ思う。

表面的な言葉がすべてではないけれど、彼女が自身の中に何か違和感があると人に伝えられるのってすごいことだ。

まあ、母としては無茶苦茶頭が痛いし、周囲の目が痛いけれど。

たった6年間だけど、子育てをしてきて、思うのは、

きっと子育ては

誰にどう思われるか?

という事から自由になれば、

とても楽しいものになるんだろう。

自分もだけれど、ついつい

「また、怒ってしまった」と後悔する。

あるいは、「感情的になってしまった」と。

後悔する時って、本当は子供に対して申し訳ない気持ちより

そんなお母さんである自分を世間がどう思うか?みたいなところに

少なくとも私自身は、意識がある気がする。

だとしたら、とても無駄なことなのだ。

かといって、その感情からなかなか自由になれないけれど。

怒るのも、感情的になるのも、本当は真剣だからだ。

「怒ってしまった」「感情的になってしまった」

その「~しまった」から

本当はもっと自由になっていい気がする。

時に感情的になることも

ふさわしくない自分もいて然るべきだ。

まだまだ、母としては道半ばだけれど

息をひそめるように子育てをしていた昔の私に、タイムマシンがあるならば伝えてあげたい。

みちなかば

パナソニックの創業者、松下幸之助さんの言葉に

「失敗することを恐れるよりも

真剣でないことを恐れた方がいい」

という言葉がある。

私たちは、失敗というワードにすぐに冷静さを失う。

特に、子育てと頭に着くならば、つま先から震えてしまう。

その言葉には続きがある。

「真剣ならば、たとえ失敗しても、ただは起きぬだけの充分な心がまえができてくる」

真剣さを悔いる必要なんてないんじゃないかな。

子育てをしていれば、悪態をつきたいことだっていくらでも出てくる。

F1で成功は優勝する事だろうか?私は、違うと思う。

そのレースを走り切ることではないかと思う。

走り切ることで、何がまずくて何がよかったのか、次に活かせる。

失敗は、してはいけないものではない。

そんな風に思う。

つみかさね。

F1と子育てとおかあさん。

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